「アーユルヴェーダとは」
アーユルヴェーダライフというアーユルヴェーダの情報サイトを運営するようになって早や5年が過ぎました。
よく「どうしてこうしたサイトの運営をはじめられたのですか」というご質問を頂きますが、もともとは家族の持病に対して、アーユルヴェーダの「代替医療」という側面から関心を持ち、より多くアーユルヴェーダの情報に触れるにはどうすればよいか考えた末、アーユルヴェーダの情報サイトをはじめた経緯があります。
こうした背景から、個人としては、インドやスリランカにおける「伝統医療」としてのアーユルヴェーダに大変関心があるわけですが、サイトの運営をきっかけに、実際にインドやスリランカを訪れるようにもなり、現地の方はもちろん、日本に来られている多くのインドやスリランカの方々とお話をさせて頂く機会が増えました。
しかし、インドやスリランカにおける実際の、そして現代のアーユルヴェーダ事情を見聞きする中、あらためて、アーユルヴェーダを単なる「医療技術」としてのみ捉えてよいものなのか、言い方を変えれば、本来のアーユルヴェーダというものがどういうものであったのか、などについても関心を持つようになっています。
アーユルヴェーダについて古くは紀元前1500年頃、インド亜大陸の北方地域にやってきた古代アーリア人の「リグ・ヴェーダ」に、既に病気の治療や薬草類に関する「賛歌」があったとされています。
「ヴェーダ」とはシュルティ(天啓聖典)であり、古代のリシ(聖人)達が神々から天啓を受けて授けられたものとされています。
基本的にヴェーダは口伝のみで、後に文字が使用されるようになってもヴェーダは文字にすることを避けられ、師から弟子へ伝承されていったといわれています。
ヴェーダの知識が文献として編纂されるようになったのは紀元前1200年頃とされ、もともと「ヴェーダ」という言葉は「知る」を意味するサンスクリット語から作られた名詞で「知識一般」を指しますが、後に編纂された文献そのものの名称になり、聖典「ヴェーダ」はインド最古の文献とされています。
ヴェーダは「リグ・ヴェーダ」「サーマ・ヴェーダ」「ヤジュル・ヴェーダ」「アタルヴァ・ヴェーダ」の4種類があり、それぞれに本集(サンヒター)・祭儀書(ブラーフマナ)・森林書(アーラニヤカ)・奥義書(ウパニシャッド)の4つの部門で構成されます。
「リグ・ヴェーダ」は主に神々への讃歌(リチュ)、「サーマ・ヴェーダ」は「リグ・ヴェーダ」同様に神々への讃歌が中心、「ヤジュル・ヴェーダ」は祭式において唱えられる「祭詞(ヤジュス)」が集められたもの、「アタルヴァ・ヴェーダ」は主に吉祥増益と呪詛調伏の呪文が集められたものとなっています。
「アーユルヴェーダ」はアタルヴァ・ヴェーダの副ヴェーダと考えられている説もありますが、呪術中心のアタルヴァ・ヴェーダの内容、またアーユルヴェーダの医学体系の成立年代などの面から、その関係性や成り立ちについては議論もなされているようです。
古典としては、北西インドで広まり内科的治療を中心とした「チャラカ・サンヒター」をまとめたアートレーヤ学派、インド東部を中心として「スシュルタ・サンヒター」を綱要とするダンヴァンタリ学派(外科的治療)が有名ですが、両学派の育まれた地域性の違いは、扱われる薬草類等にもあらわれているといわれます。
また南インド・タミル地方では、タミル語(ドラヴィダ語)で書かれた医学文献があるとされ、これらを用いた伝統医療はシッダ医学と呼ばれますが、この南インドの伝統医療においてもその地域特有の薬草類の用い方があるとされています。
広大なインド亜大陸において、それぞれの地域における伝統医療に少しずつの違いが生まれることは必然だろうと思われ、そういう意味で、インドにおける伝統医療にも地域の特色があらわれていた面もあったのだろうと思います。
7世紀頃には、主に上述の二つの医学派を統合した「アシュタンガ・フリダヤー」が編纂され、多くアジア諸国に流布されていったといわれています。
「アシュタンガ・フリダヤー」の「アシュタンガ」は「8分類」を意味し、ここでまとめられたアーユルヴェーダの診療分類もその名の通り、以下のような8つの診療分野に分けられます。
1. 身体全般の内科的治療(カーヤ・チキッツァー)
2. 眼・耳・鼻・口など頭部器官の外科医学(シャーラキヤ)
3. 腫瘍や異物の摘出を中心とする一般外科医学(シャーリャ・チキッツァー)
4. 薬物・毒物学、中毒学(アガタ、ヴァリシャ)
5. 魔物が憑りつくことによって起こる病気、鬼神学(ブータヴィッティヤ)
6. 小児医学、産科学(カウマーラブリトヤ)
7. 不老長生法、強壮医学(ラサーヤナ)
8. 強精法(ヴァージーカラナ)
また、アーユルヴェーダは薬学についても、以下のように植物・動物・鉱物、また薬物の形態等(固形、粉末、煎じ薬、浸出・浸漬、練り薬、丸薬、軟膏薬など)、非常に細かく分類されていて、
1.薬用植物(根・茎・葉・実の使用部位)の分類
→長寿薬、滋養薬、やせ薬、排泄促進薬、食欲増進薬、強壮薬、興奮薬、駆虫薬、解毒薬、催乳薬、発汗薬、催吐薬、瀉下(しゃげ)薬(下剤)、利尿薬、解熱・鎮痛剤など。
2.動物性薬物
→肉・脂肪、乳・乳加工品、血・骨・爪・角・尿など。
3.鉱物性薬物
→鉱物性薬剤については、熟練した技術による精製・浄化(無毒化)が必要であるとされる。
伝統医療とは言いながら、医学としてのアーユルヴェーダは高度に体系化されており、世界的に最も歴史の長い医療体系と言われる所以がよくわかります。
こうしたアーユルヴェーダの高度な医学知識は、現代における伝統医療の治療現場にもおいても受け継がれ、近年インド・スリランカでは、伝統医療の利点を活用しながら西洋医学との併用による治療が行われている場面も見受けられます。
しかし、医療としてのアーユルヴェーダが見直されつつある一方で、サイトを通じてお話をうかがったアーユルヴェーダ医師の方々から、
「現代において、本来のアーユルヴェーダの姿が見えにくくなってきている」
という声が何度か聞かれました。
たとえば、不摂生な生活を続けていて、症状があらわれたときにアーユルヴェーダ医師を訪れ、処方を頂いて、一定期間は治療内容に従うも、症状に改善がみられると、また元の生活スタイルを繰り返す。
よく西洋医学は対症療法、アーユルヴェーダは原因療法と言われますが、現代においてはせっかくのアーユルヴェーダ治療を、患者さん側も言うなれば「対症」的に利用してしまっている場面が増えてきているということのようです。
本来のアーユルヴェーダとは、インドの伝統的な思想「ヴェーダ」に含まれる「知識」のひとつといわれます。
ここでいう「知識」とは、単に表面上の技術や情報・作用というものを指しているのではなく、私たちを取り巻いているこの世界や自然の中において、私たちが生きていく上での「生命観」のようなものも意味しています。
ヴェーダ思想においては、生命は心と身体がひとつとなってはじめて存在すると考えられていますが、これらは周囲の生活環境や自然との関わりからも大きく影響を受けているとされます。
同時に、私たちもまた周囲の生活環境や自然に影響を与えるものと考えられています。
私たちのライフスタイルはもちろん、私たち自身が持つ「生命観」というもの自体も、周囲の生活環境や自然と調和・共生されたものであることが大切であるとされているのです。
「私」が長生きするにはどうしたらよいのか。
「私」が健康であるにはどうしたらよいのか。
現代におけるアーユルヴェーダに対する人々の関心も、常に「私」という個人の身体の生理的な部分に目が向けられます。
もちろん、人は「健康」で幸せな人生を過ごすことが一番ですから、身体の生理的な健康の追及は当然重要です。
しかし、身体の不調和が生理的な部分へのアプローチのみでは根本的な解決がされない場面が起こった際、本来のアーユルヴェーダの説く「生命観」のようなものを理解し、ライフスタイル自体を改善していく必要もあるのではないかと思います。
アーユルヴェーダ医師の方々とのお話を何度もお聞きしているうちに、あらためて日々の生活においても、アーユルヴェーダ古典にても説かれている「有益な人生」を過ごせるよう、せっかく触れる機会を得た「アーユルヴェーダ」というものについて、単に「医療技術」という側面に留まらず、その本質についてもう少し深く学んでいきたいと、私自身考えるようになっています。
【コラム筆者】
アーユルヴェーダライフ管理人
安藤太一
(ホームページ)
インド、スリランカ伝統医学アーユルヴェーダの情報サイト「アーユルヴェーダライフ」