世界の熱帯植物のうち、約75%の種類があるといわれる、世界でもっとも植物相の豊かな地域であるインドネシア。
インドネシアには「ジャムウ(jamu)」と呼ばれる古くから伝わる民間薬があります。
語源は、「呪文」「魔法」「祈祷」を意味する、インドのサンスクリット語の「japa」に由来し、インドの伝承医学アーユルヴェーダをルーツにもつとされ、東部ジャワに起こったマジャパイト王朝の時代に交易ルートをとおして伝来し、インドネシアの島々へ、それぞれの土着文化とあわさり育まれてきた背景があります。
その歴史は、ジャワ島の世界遺産ボロブドゥール遺跡の、人間の一生を描いたレリーフの中にも、カルパタルー(生命の樹)の葉やその他の植物を摺合わせて医薬をつくり処方している様子が刻まれていることや、宗教的な内容も含む、薬草の調合や方法などの医療知識が書かれた「ロンタルウサダ」と言われる椰子の葉の書物に残され、みることができます。
ジャワ島のすぐ隣、オランダに征服される1908年まで古代のヒンドゥー・ジャワ文明が保持された土地であったとされるバリ島には、現在も、独自のバリアンといわれる呪術師(主に男性)やジャムウ薬剤師(主に女性)が世襲的に受け継がれて存在し、病気の診断・治療・薬の処方にあたっています。
楽園の島といわれるバリ島。
その裏に潜む「呪術と医薬」の歴史。
この組み合わせのバランス、もしくはアンバランスが、わたしが何度訪れてもその度にバリ島を好きになる理由のひとつのように感じています。
バリの地元の人々に尋ねたり、実際にバリアンを訪ねたり・・・。
この辺りの体験もまた文章にできたらと思いますが、今回は、今年6月に訪れた際にみてきた今のバリ島の街中にみられる「ジャムウ(jamu)」についてレポートしたいと思います。
写真は、シドムンチュルという老舗のジャムウ製薬会社のジャムウ製品で、植物から抽出した成分を粉末状やエキス状にしたもので、100%天然素材とのこと。
大きなスーパー、薬局のほとんどの店で見られます。
黄色いパック「TOL-AK-ANGIN」は、インドネシア語で、トラ「断る」、アンギン「風、風邪」という意味で、風邪の気配を感じたら「風邪、お断り」のこちらを服用するのだそうです。
バリの女性はバッグに1つは忍ばせておくのだと、薬局の店員さんがおしえてくれました。
中身は大匙1杯分くらいのとろみのあるエキス。
不味い、と思いきやミントが効いていて爽やかで、嫌々飲む感じが全くしない飲みやすいシロップでした。
他にも、筋肉痛に効くもの、男性用・女性用の健康増進用といった種類もあるそうで、専門の治療師による治療を受けなくても、軽い症状ならこのような形で気軽に手にして自己調整に役立てたりと、母から娘へ受け継がれるレシピという家庭文化にしても、経済発展とともにジャムウそのものも昔とは形を変えてきているようです。
これらとはまた別に、数は少ないようですが、その場で飲むことができる「ジャムウスタンド」もあると聞き、行ってみました。
ウブド中心地から北へすこし離れた場所、家族で営んでいるジャムウ屋「KEDAI JAMU UBUD SEHAT」。
代々ジャムウをつくっている家系で、小さい時から飲み慣れているのでしょう、8歳くらいのかわいい娘さんが淹れてくれることもあります。
予約をしておけば、主人が症状にあうジャムウを作ってくれますが、疲労回復、健康維持、体力増進といった一般的なものは、3種類ほどは常時店頭にでていて、一杯3,000Rp(約30円)で飲むことができます。
持ち帰れるように、500mlのペットボトルサイズ(6,000Rp)も売っていました。
地元の人が仕事の前後に気軽に寄って一杯飲んでいく、買っていく、そんな光景がみられます。
わたしが試したのは「JAHEMERAH(RED GINGER TONIC)」。
説明書きには、喉の炎症、発熱、気管支炎、呼吸器疾患、虫食い、尿酸、興奮状態、偏頭痛、腸痛、緊張、身体・頭のリフレッシュ、食欲増進などに効くとあります。
生姜は、食欲増進材、消化促進剤、乗物酔い防止や、悪阻の鎮静など万能薬ですが、インドネシアでは約200種のショウガ科食物があり、これらショウガ類根茎を砕いてペーストにしたものに他の生薬を加えるコンビネーションが、薬効の相乗効果を生むとされています。
今回飲んだものは、濃厚な生姜エキスベースにパームシュガーで、甘味がついていて、そのバランスが絶妙。
予想外に美味しいものでした。
喉を通った瞬間から身体がすぐ熱くなるのがわかるくらい、生姜のピリッが効いていて、喉の炎症、風邪の消炎にもなりそうです。
もうひとつ「KUNYIT ASEM(TURMERIC TONIC)」。
店主によると、訪れる日本人には一番人気のない味だそうですが、スタミナ増強、口内炎にも効くとのこと。
移動の多い旅の最中だった為、体力を補うのに最適と思いトライ。
ウコンベースにライム、こちらもパームシュガーで甘味がつけられており、苦みは感じずとても飲みやく、飲んだら本当に元気になりました。
ウコンもショウガ科に属する薬用植物で、胆汁の分泌を促進し消化力の増大、血液循環の改善、下痢や便秘、熱、筋肉痙攣、リウマチ、皮膚疾患にいたるまで広範囲の病気の治療に用いられます。
このお店は、実用性、利便性、文化的にも、「今ちょうどいいところ」「間」をいくような形態で、地元に馴染んでいるように感じました。
店主も家族も決して押し付けることなく、目的に応じて自分のやり方で上手にとりいれてね、というスタンス、ウブド滞在中何度も行ってしまうくらい居心地のよい空気感でした。
ちなみに、海外のお客さんから自国へ送ってもらいたいと頼まれることもあるそうですが、それはむずかしいのだと店主は笑っていました。
やはり生のもの。
顔をみて、手から手へ、渡す、受け取る。
このコミュニケーションの鮮度がいいなあと思います。
レシピについても聞いてみたところ、これまた苦笑い。
生姜ひとつとってみても、季節によって味が変わるため、それに応じるといいます。
企業秘密というよりも、舌による調合だから説明できないよ、というところでしょう。
長年の積み重ねという味覚の経験値、というのがまたいい。
試行錯誤を重ねてみたら、どんな味になるのでしょうか。
感覚を磨き続けると、どんな世界が現れるのでしょうか。
いろんなことに置き換えられそうで、わくわくしますね。
ヨーガ・アーユルヴェーダセラピスト 林亜希
(林亜希さんのブログ)
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