春うらら・・・お散歩をしていると、背中をお陽さまが優しく押してくれるような麗かな季節になりました。
一日の中でほんの少しでも、そのように季節を感じる時間を持ちたいものです。
過ぎ去ってゆく一瞬一瞬に、心を止めてみることはきっととても大切なことなのでしょうね。
四季を感じ、季節の色や匂いを楽しむことが出来るというだけで、なんだかとても贅沢です。
暖かな地方から順番に春色に染めてくれる桜も、そろそろ葉桜へと衣変え・・・。
そんな中、先日ちょっと足を延ばして信州までドライブして来ました。
信州はまだ梅から桜へのバトンタッチの頃で、私が暮らす街より1ヶ月ほど季節が遅いように感じました。
新緑の山に桜色を見つけた時のハッとするような喜びや、まだ残雪のあるアルプス連峰を遠く眺めた時の清々しさ・・・。
心ときめくこのような瞬間もまた、アーユルヴェーダなのではないかと私は考えています。
アーユルヴェーダと聞くと、なにやら不可解な言葉がたくさん出てきて難しそうだと思われる方も多いのですが、けっしてそんなに堅苦しいものではありません。
「生きる智慧」といわれるアーユルヴェーダの教えは、本来すべて私たちの身に備わっているもの。
自然に触れることをあたりまえとしていた時代より、利便化され近代的になった現代人に心の病や体の不調が多いのも、本来在るべき「何か」を私たちがどこかに置き忘れてしまったからにすぎません。
冷蔵庫という便利な道具ができ、さらに冷凍庫・・・保存が可能になり新鮮なものを新鮮なうちにいただくことさえ疎かになったり。
何日前に買ったものだかわからないようなお野菜が、ミイラになって野菜室にあったり。
お店で販売されているお肉やお魚も、処理されて一旦冷凍されたものを、さらに解凍して販売しているものがほとんど。
それなのに、買ってきたお魚やお肉をまたまた小分けにして冷凍保存してしまう・・・鮮度もなにもあったものじゃありません。
私が子供の頃は、その日に水揚げされたお魚しかお魚屋さんにはありませんでしたし、今のような大型スーパーがなかった時代なので冷凍で販売されているものもごく僅かでした。
そう思うと、なにか心寂しくなってしまいます。
信州で食してきた美味しいものたちは、その土地で採れた素材をふんだんに使って、工夫された調理法で仕上げられていました。
出来たてのおはぎはふっくら柔らかで、甘いもち米の香りがしていました。
信州産の鬼胡桃で作られたタレと、地元で栽培されている緑色のお大根をおろして薬味にしていました。
お昼に食べたお蕎麦は、蕎麦の実がはっきりとわかるこしのある麺。
付け汁は、地元で採れる紫色辛み大根を下した汁、地元のお味噌、そして塩、最後にお店の自慢の付け汁を出され、全部を混ぜていただきました。
おはぎも、お蕎麦も、どちらも体の中にすぐさま溶けこんでくれるような優しさでした。
私は、野生の動物や植物が打たれ強いのは、自力で生きているからなのだろうな・・・なんて思ったりもしています。
養分を補給するための肥料をもらわなくても、また栄養バランスを考慮したフードをもらわなくても、自然界に生きる彼らは皆、その場所から必要なものを必要なだけ得る「智慧」を備えています。
そのようなことを忘れてしまったとき、私たちは病気になって当たり前な習慣を身につけ始めます。
時代はどんどん自然の流れとは違う方向に向いてしまっている状況ですが、せめて自分自身や家族、身の回りに関わってくれるすべてに対して心を向け自然界と関わってゆけば、何が必要で何が不必要なのか自ずとわかってくるはずで、そのように生きる人たちが増えれば、結果として点在していた理念がひとつに繋がって、みんなが心身の健康を取り戻せるのだと思うのです。
眼で見て感じて、それを感じ取って考えて・・・そうすることが自己管理に繋がってくれます。
私たちの栄養となるものは、お米やパン、お野菜やお肉お魚だけではありません。
これらは肉体を作る栄養ですが、見たり聞いたり触れたり感じたりするものもまた、とても大切な栄養になります。
食べ物だけでなく、汚れたものはとらず清らかなものをとるように・・・今の心を常に清らかに。
ゴールデンウィークの予定を楽しみにしてらっしゃる方も多いことと思います。
せっかくのお休みですから出かけた先でもなにか目新しいハッとする瞬間に出会うことが出来ますように。
心も体もたくさんリフレッシュされてくださいね。
サヴァサナ SARA
(群馬県伊勢崎市のアーユルヴェーダ・サロン Cava sana「サヴァサナ」/facebook)
http://www.facebook.com/Cavasana.Ayurveda.Cafe